特異性の原則とは?
競技スポーツの世界では、優れたパフォーマンスを達成するために多様なトレーニング方法が取り入れられていますが、その中でも特に「特異性の原則」という概念が重要視されています。これは競技特有の運動特性に合わせたトレーニングを行うことで、その競技に必要な動作やエネルギー供給システムを特化して向上させるための根幹をなす原則です。この特異性の原則はトップアスリートだけに必要な原則ではなく、普通にレジャーとしてスポーツを楽しんでいる私たちにも非常に大切な原則になります。
トレーニングによる生体反応を予測して競技パフォーマンスを向上
「特異性の原則」とは、単に体を鍛えるだけでなく、実際の競技動作に即したトレーニングを行うことでトレーニング効果を最大化させて、競技パフォーマンスを高めることができます。たとえば、長距離走者が短距離走のトレーニングを行っても、長距離走に必要な持久力やエネルギー供給の効率化はしません。特異性の原則が反映されたトレーニングは、競技力向上に必要なエネルギー供給システムや筋パワー、動作が向上するトレーニング内容となります。言葉にすると当たり前のことなのですが、例えば目先の目標が脚パワー向上だけに向かってしまうと、脚パワーは向上しますが、その競技に必要なスプリント能力やジャンプパフォーマンスが使えるフィジカルにはなりません。競技の特性に合わせてアウトプットしやすくするために、特異性の原則を考慮したトレーニングが必要となります。
競技特有の障害予防にも効果的
適切なトレーニングを行うことは、パフォーマンス向上だけでなく、怪我の予防や競技継続年齢の延伸にも役立ちます。特異性の原則に従って行われるトレーニングは、その競技で起きやすい怪我の部位や障害発生のパターンを考慮したトレーニングプログラムの作成により、障害発生率を低下させることが出来ます。S-CHALLENGEの個別トレーニングプログラム提供サービス「プログラムサポート」でも、この特異性の原則を特に重視し、運動パフォーマンス向上と競技特有のケガのリスク低減を考慮したトレーニングメニューの提供を行い、サポート選手やクライアントの方々のパフォーマンスアップに繋がっています。
2つの「特異性の原則」
実は「特異性の原則は2つ」あります。特異性の原則を解説しているWEBサイトや書物では、あまり自分のトレーニングに落とし込めるほど詳しく解説されているものが少ないので、本記事ではしっかり解説していきます。まず、2つの特異性とは「動作の特異性」と「エネルギー供給システムの特異性」です。この2つの一旦分けて考えて、その後に組み合わせていくことで、よりパフォーマンス向上に繋がるトレーニング効果が得られます。
「動作の特異性」とは?
目的とするスポーツにおける特定の動作パターンを強化するためのトレーニングを指します。動作の特異性では、そのスポーツで使われる筋肉と関節の連鎖性(ex.しゃがみながら捻る)、その動作が行われる速度や力の発揮パターン(ex. 素早く+力強く or ゆっくり+しなやかに…など)の仕方などを模倣し、それに適合したトレーニングを行います。例えば、アルペンスキー選手であれば、ショートターンに求められる脚の捻り動作、ロングターンに求められる外脚荷重姿勢、外向傾姿勢、スケーティング動作などで使われる身体動作を反復することで、競技で必要とされる筋力や神経系の連携を鍛えることができます。
「エネルギー供給システムの特異性」とは?
目的とするスポーツ中に利用される主要なエネルギー供給システムに焦点を当てたトレーニングになります。アルペンスキーでは1つ1つのターン動作はエネルギー供給システムの1つである「ATP-CP系」がメインに使われます。ATP(アデノシン三リン酸)が分解されてADPに変換、そして体内に貯蔵されているCP(クレアチンリン酸)を利用したエネルギー供給システムがATP-CP系システムです。ATP-CP系は短時間の運動しか出来ません。
ターンは連続するので、運動時間が長くなります。ターンが連続した時にメインで使われるエネルギー供給システムは「解糖系」といわれ、筋肉内にあるグリコーゲンを主エネルギーとして使います。さらに滑走時間が長くなったり、滑る本数が多くなったりすると、酸素を多く取り込み脂質もエネルギーとして使っていきます(酸化系)。
このようにエネルギー供給システムの特異性は、目的とするスポーツ特有の持続時間と強度に適応するエネルギー系統を統合的に強化することを目的としています。陸上競技はこのエネルギー供給システムの特異性によって競技種目が分類されているので、非常に判りやすいと思います。短距離走者は瞬発的なエネルギーを発揮するための無酸素系トレーニングを、マラソンランナーは長時間にわたる効率的なエネルギー使用を可能にする有酸素系トレーニングを重点的に行います。特異なエネルギー供給システムに合わせたトレーニングを積むことで、最大限のパフォーマンスを発揮する体質を構築することができます。
動作の特異性について
特定の動作のトレーニングメソッド
特定の動作を強化するトレーニングでは、専用のシミュレーターやトレーニング用具を使ったファンクショナルトレーニングがトレーニングのベースになります。ターンシミュレーショントレーニングやレジスタンスバンド、バランスボール、サスペンションエクササイズツールを使ったトレーニングが該当します。滑走動作につながるような上下方向や水平方向の負荷をカラダに与えて、その負荷に適応出来るようにトレーニングしていき、正確な動きや動作の再現性を向上させるためトレーニングをおこないます。
動作の特異性を高めるためのポイント
動作の特異性を高めるには、「動作の再現性」が非常に重要です。アルペンスキーでは2022年にフランススキー連盟などの合同研究で、ナショナルチーム選手19名の筋電図を計測したところ、トップレベルのスキーヤーほど、動作の再現性が高いことが明らかになりました。
実際のトレーニングにおいては、単にフォームや形を真似るのでなく、プレー中に求められる動作を分解し、負荷のかかる方向やそれに対応するカラダの連鎖性をトレーニングしていきます。また一連の動作に関係する筋力の強化や筋量増量、反応速度の改善などの具体的な身体的要素も焦点を当てたトレーニングも必要となります。単にフィットネスレベルを高めるトレーニングとは異なり、トレーニング中のフィードバックの頻度を高めて、トレーニング量より質を重視した取り組みが大切です。 また年齢や性別、競技レベル関係なく、取り組んでいけるトレーニングでもあります。
エネルギー供給システムの特異性
エネルギー供給の特異性は、さらに2つの特異性に分けることが出来ます。直接プレー時間にリンクしたエネルギー供給の特異性と、スポーツパフォーマンスを高めるために必要なトレーニングをこなしていくためのエネルギー供給システムの特異性です。
エネルギー供給システムの種類と効率
身体のエネルギー供給システムには大きく分けて、糖質を利用する「糖質系(糖代謝)」と、脂肪をエネルギー源として酸素供給をしながらエネルギーを生み出す「酸化系(脂肪代謝)」の2つがあります。短距離ランなどの短時間の高強度の運動では糖質がメインのエネルギー供給となり、マラソンのような長時間にわたる運動では糖質と脂肪両方がエネルギー源となります。エネルギー供給の特異性を適用したトレーニングをすることで、スポーツの種類に最も適したエネルギー供給システムの効率を高めることができます。
プレー時間にリンクしたエネルギー供給の特異性
例えばアルペンスキー・スラローム競技の場合は、レース時間は60-90秒程度です。メインのエネルギー供給システムは糖質系になります。レースは2本滑りますが、充分に回復するだけのインターバルがレース間にはあります。従って、レースパフォーマンスを高める目的でエネルギー供給システムをトレーニングするのであれば、糖質系のエネルギー供給システムのトレーニングが重要となります。
トレーニングにおけるエネルギー供給システムの特異性
但し、同じアルペンスキー・スラロームでも練習の場合は、1回に30-60秒のコースを10-15本と滑ります。スプリント走を行ったあとは心拍数も上がり、乳酸も蓄積されます。心肺機能が高く、乳酸を酸化還元出来る能力が高い選手ほど、安定した状態で沢山の練習本数を滑ることが可能です。ようするに、1本1本は糖質系のエネルギー供給システムがメインですが、練習全体で考えると酸化系のエネルギー供給のパフォーマンスも求められる、ということになります。
強くなる、速くなるためには沢山練習した方が良いので、トレーニングを沢山消化するためには酸化系のエネルギー供給システムを鍛えることが必須となります。
特異性の原則とケガ予防
スポーツでは、怪我を予防し、最高のパフォーマンスを維持するためには体の特定の部分、動き、および競技に関連するスキルのトレーニングが必要です。ケガ予防のアプローチにおいても「特異性の原則」を考慮したトレーニングプログラムが非常に重要となります。アスリートが特異性の原則に基づいてトレーニングを行うことで、競技において重要な動作の技術を磨き、パフォーマンスを向上させると同時に、怪我のリスクを抑えることが可能となります。
怪我予防のための特異性トレーニング
トレーニングが競技特有の動きや強度に合っていない場合、筋肉や関節への過度なストレスがかかり、ケガを招くリスクが高まります。競技特性を加味した特異性のトレーニングでは、受傷パターンや受傷部位、ケガの因子を分析し、障害発生リスクを低減することが出来ます。
万が一ケガをしてしまったとしても、特異性の原則に基づくトレーニングをすることで、ケガからの回復にも非常に有効です。受傷後、徐々にアクティブなトレーニングに復帰する際には、復帰した対象の部位に対して、再度怪我を起こさないよう受傷リスクとなる動作の検証やリスク因子の排除を考慮しつつ、段階的に負荷をかけていくことが必要となります。
特異性の原則に沿ったトレーニングを行うことで、怪我を防ぎながら自分の競技に対する特定の技術や体力を高め、かつ安全にトレーニングを進めることができます。
まとめ
「特異性の原則」とは、トレーニングにおける極めて重要なコンセプトの一つで、特に特定のスポーツや活動に求められる動作やエネルギー供給システムを効果的に高める際に欠かせません。この原則に基づき、適切なトレーニングを行うことで、そのスポーツや活動に特有の技術や体力を最大限に発揮できるようになります。
また、特異性の原則はリハビリテーションにおいても役立ちます。怪我から回復する過程で、損傷した部位に適切なトレーニングを行い、再びその部位が正常な機能を果たすように導くことが求められます。具体的な動きを再現するトレーニングによって、実際の動作に近い形で体を鍛えることができるため、より効果的な回復が望めます。
さらに、日常生活での動作改善に対しても特異性の原則を応用することができます。特定の動作を頻繁に行う作業環境や日常生活における負荷を考慮したトレーニングを行うことで、姿勢の改善やカラダの不調を軽減することが可能です。
デスクワーク中心の方に対して、腰痛や肩凝りのリスク低減、予防的トレーニングを実施する、ということが特異性の原則を意識したトレーニングということになります。
このように、「特異性の原則」はスポーツだけでなく、日常生活や健康面においてもその効果を発揮するトレーニングの概念であり、具体的な目標を達成するための手段として非常に有効です。
S-CHALLENGE Training Program Works では、完全オーダーメイドの個別化トレーニングプログラムの作成・配信サービス「プログラムサポート」を全国のクライアント様に展開しています。事前に提供していただいたトレーニング履歴や受傷履歴などの個人情報や利用可能なトレーニング環境、ライフスタイル、トレーニングおよび体力レベルに応じたプログラム作成をしています。適切なプログレッシブオーバーロードを個別プログラムに反映させながら、トレーニングの成果をパフォーマンス向上やカラダの機能的向上につなげています。「プログラムサポート」サービスに関するご質問・お問い合わせはお気軽にこちらのWEBフォームをご利用ください。
参照エビデンス
principle of specificity
https://www.oxfordreference.com/display/10.1093/oi/authority.20110810105645210
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https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17991697/
Short-term sprint interval versus traditional endurance training: similar initial adaptations in human skeletal muscle and exercise performance 2006
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Specificity of training adaptation: time for a rethink? 2008
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2375570/
Repeated practice runs during on-snow training do not generate any measurable neuromuscular alterations in elite alpine skiers 2022
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35966108/
S-CHALLENGE Training Program Works 代表/フィジカルトレーナー
ファンクショナルトレーニングと筋力トレーニングを統合したトレーニングメソッドで、アスリートやスポーツ大好きな社会人クライアントの動作と機能を高めるサポートを展開。日本スポーツ協会 公認アスレチックトレーナー(JSPO-AT)、全米スポーツ医学アカデミー 公認コレクティブエクササイズスペシャリスト(NASM-CES)