ACL損傷リスクを下げるための男女別ハムストリング強化プラン

最初にスイス・チューリッヒ大学から2025年1月に発表された、エリートスキーヤーの筋肉に関する最新の研究結果をご紹介します。脚部の筋肉の状態の違いによって、前十字靭帯(ACL)損傷のリスクが変わることが、より理解出来ると思います。

またハムストリングを鍛えるエクササイズをする場合に、どこに意識を置いてトレーニングすることが大事なのかが判れば、ACL損傷予防のためのトレーニングの質的向上に繋がっていきます。

エリートスキーヤー、ACL損傷リスク

なぜハムストリングと大腿四頭筋が重要なのか

アルペンスキーは高速で滑走するため、膝への負担が大きいスポーツです。特に前十字靭帯(ACL)損傷のリスクが高いことで知られています。今回ご紹介するスイス・チューリッヒ大学の研究では、ハムストリング(大腿後面の筋群)と大腿四頭筋に注目しています。これらの筋肉のバランスがACL損傷の予防に重要だと考えられているからです。

エリートスキーヤーの筋肉特性

スイスの研究チームは、33人のエリートアルペンスキーヤー(ナショナルチーム選手:女性20人、男性13人)の大腿四頭筋およびハムストリングを超音波で測定しました。また、膝屈曲および膝伸展の筋力も測定しました。

  • 筋肉の大きさ:全体的に男性の方が女性よりも筋肉が大きかったのですが、ハムストリングの中の半膜様筋(はんまくようきん)だけは、男女で差がありませんでした。
  • 筋肉の比率:女性の方が、ハムストリング全体に対する半膜様筋の割合が大きかったのです(女性:32.32%、男性:30.92%)。
  • 筋力:体重あたりの筋力は、男性の方が女性よりも高かったです。しかし、筋肉の大きさあたりの筋力は男女で差がありませんでした。

ACL損傷予防への新たな視点

半膜様筋は、膝を曲げるだけでなく、下腿を内側に回す働きもあります(内旋)。女性スキーヤーは、この半膜様筋の割合が大きいため、ハムストリングを使うときに下腿が内旋されやすい可能性があります。半膜様筋が強いことによって、膝関節の中で捻じれのストレスが常に生じることになるので、これがACL損傷のリスクを高めるかもしれません。

ACL損傷のチェック

スクワットにおける男女のハムストリング活性化の違い

さらに、2022年に発表されたアメリカの研究では、スクワット動作における男女のハムストリング活性化の違いが明らかになりました。この研究では、レジスタンストレーニング経験のある男性14名と女性14名を対象に、85%1RMの負荷でバックスクワットを行い、筋電図(EMG)を用いて筋活動を測定しました。

女性のハムストリング活性化の課題

研究の結果、男性は女性よりもスクワットの下降局面において大腿二頭筋(外側ハムストリング)の活性化が有意に高いことが判明しました。この発見は、女性がスクワット動作において外側ハムストリングを十分に活用できていない可能性を示唆しています。

この結果は、先ほどのスキーヤー研究で明らかになった「女性は内側ハムストリング(半膜様筋)の割合が高い」という発見と合わせて考えると、女性のハムストリング使用パターンの特徴がより明確になります:

  • 女性は内側ハムストリング(半膜様筋・半腱様筋)に依存しやすい
  • 外側ハムストリング(大腿二頭筋)の活性化が男性より低い
  • この不均衡がACL損傷リスクを高める可能性がある
デッドリフト

エクササイズによる選択的筋肥大:最新の知見

2025年6月に発表されたフランス・ナント大学の最新研究では、ノルディックハムストリングカール(NHE)とスティッフレッグデッドリフト(SDL)が、ハムストリングの異なる筋肉に選択的な肥大効果をもたらすことが明らかになりました。

研究の詳細

この研究では、レジスタンストレーニング未経験の36名を以下の3つのグループに分けて、9週間のトレーニングを実施しました:

  • ノルディックハムストリングカール(NHE)グループ
  • スティッフレッグデッドリフト(SDL)グループ
  • コントロールグループ

3D超音波を用いて半膜様筋(SM)、半腱様筋(ST)、大腿二頭筋(BF)の筋体積変化を測定し、筋電図(EMG)で各筋肉の活性化パターンを評価しました。

驚くべき結果:エクササイズ特異的な筋肥大

9週間のトレーニング後の筋肥大効果

  • NHEグループ:半腱様筋(ST)が24.3±10.8%の顕著な肥大
  • SDLグループ:半膜様筋(SM)が11.2±12.7%の肥大

両グループとも筋力は大幅に向上しました(NHE:37.4±13.8%、SDL:34.0±21.2%)。

筋活性化パターンの安定性

興味深いことに、筋肥大が起こっても筋活性化パターンは変化しませんでした。これは、個人の筋活性化戦略が「特性的な特徴」であり、トレーニングによって容易に変わらないことを示しています。

女性デッドリフト

トレーニングへの応用:科学的根拠に基づく選択的アプローチ

これらの研究結果から、特定の筋肉を狙い撃ちするエクササイズ選択が可能になりました。特に女性スキーヤーにとって重要な外側ハムストリング(大腿二頭筋)の強化と、内側ハムストリングのバランス調整に活用できます。トレーニングメニューも男女の特性を考慮して作成していくことが可能です。

筋肉別エクササイズ選択指針

目標筋肉推奨エクササイズ期待される効果
半腱様筋(ST)ノルディックハムストリングカール24.3%の筋肥大効果
半膜様筋(SM)スティッフレッグデッドリフト11.2%の筋肥大効果
大腿二頭筋(BF)修正版スクワット、レッグカール外旋位での実施が効果的

具体的なエクササイズ実践法

1. ノルディックハムストリングカール(半腱様筋重視)

  • 膝立ち姿勢から前方にゆっくりと倒れる動作
  • 半腱様筋の選択的強化に最も効果的
  • 女性の内側ハムストリング強化に適している

2. スティッフレッグデッドリフト(半膜様筋重視)

  • 膝をほぼ伸ばしたまま股関節から前屈する動作
  • 半膜様筋の選択的強化が可能
  • 足を肩幅よりやや広めに開き、つま先を軽く外向きにすると大腿二頭筋も活性化

3. 修正版スクワット(大腿二頭筋強化)

  • 足幅を広めに設定:大腿二頭筋の活性化を促進
  • つま先を軽く外向きに:下腿外旋位を維持
  • 下降時の意識:膝が内側に入らないよう注意深くコントロール

4. レッグカール(大腿二頭筋重視)

  • 下腿を少し外側に向けて膝関節屈曲
  • 外側ハムストリングの選択的強化が可能
レッグカール、ハムストリング

個別化されたトレーニング戦略

女性スキーヤーの場合

  1. まず現在のハムストリングバランスを評価
  2. 半膜様筋優位の場合:ノルディックハムストリングカール(半腱様筋強化)+ 修正版スクワット(大腿二頭筋強化)
  3. 全体的に内側ハムストリング優位の場合:大腿二頭筋重視のエクササイズを中心に

男性スキーヤーの場合

  1. 比較的バランスの取れたハムストリング発達
  2. 弱点部位に応じて選択的エクササイズを追加
  3. 全体的な筋力向上を重視

長期的な視点:筋活性化パターンの重要性

フランスの研究で明らかになった「筋活性化パターンの安定性」は、トレーニング計画において重要な意味を持ちます。個人の筋活性化戦略は変わりにくい特性であるため、以下の点を考慮する必要があります:

  • 筋肥大は起こるが、動作パターンは変わりにくい
  • 個人の特性を理解した上でのエクササイズ選択が重要
  • 長期的な障害予防の観点から、バランスの取れた筋発達が必要

まとめ

これらの最新研究は、スキーヤーのACL損傷予防におけるハムストリングトレーニングの理解度を深めるのに役立ちます。特に:

  • 女性スキーヤーの特徴:半膜様筋優位、スクワットでの大腿二頭筋活性化低下
  • 選択的筋肥大:ノルディックハムストリングスカールは半腱様筋、スティフレッグデッドリフトは半膜様筋に特異的効果
  • 個人差の重要性:筋活性化パターンは個人特性として安定

ただし、ハムストリングにある半膜様筋(内側)・半腱様筋(内側)・大腿二頭筋(外側)の使い勝手や筋の状態はかなり個人差があります。そして左右差もあります。

最新の科学的知見を活用しながら、自分のハムストリングの状態をしっかりチェックしてトレーニングを進めていってください。特に女性の場合は、外側ハムストリング(大腿二頭筋)の強化を意識的に取り入れることが、膝関節の怪我予防において重要になります。

膝のケガ予防についてはハムストリングだけでなく、足や足関節の機能性も非常に重要なので、過去に膝関節の怪我をされた方は、スキーシーズンまでに、しっかり身体のバランスを整えていきましょう!


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参照エビデンス

Hamstrings and quadriceps muscle size and strength in female and male elite competitive alpine skiers
女性および男性エリート競技アルペンスキーヤーにおけるハムストリングスおよび大腿四頭筋の大きさと強さ(2025)
https://doi.org/10.3389/fphys.2024.1444300
スイス・チューリッヒ大学:ダニエル P. フィッツェ

Electromyography Comparison of Sex Differences During the Back Squat
バックスクワット中の性差における筋電図比較(2022)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32032232/

Robustness of hamstring muscle activation strategies following selective hypertrophy induced by Nordic hamstring curl and stiff-leg deadlift exercises
ノルディックハムストリングカールとスティッフレッグデッドリフト運動による選択的筋肥大後のハムストリング筋活性化戦略の頑健性(2025)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40586278/

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