長い距離を滑ると脚が疲れる = ミドルパワーが足りない。
そう考えていませんか?
ロングクルージングしたり、規制されたゲートの中でフルスピードで滑るアルペンスキーにおいては、ミドルパワーも非常に大切な要素です。しかし、滑るとすぐに疲れるのは、滑りの経済性(ターニングエコノミー)の低い滑りになっているからかもしれません。
「ランニングエコノミー(走の経済性)」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?
ランニングエコノミーとは、一定の速度で走る際に、どれだけ少ないエネルギー(酸素摂取量)で走れるかを示す指標です。
簡単に言えば「走りの燃費」であり、同じペースで走っていても、ランニングエコノミーが優れている人ほど酸素消費量が少なく、疲れにくく効率的に走ることができます。
スキーのターンにおいても、ランニングエコノミーと同様の「ターンニングエコノミー(Ski Turning Economy)」という概念が重要と考えています。
「ターンニングエコノミー」は私が作った造語なので、初めて目にする方も多いと思います。
この概念は、ランニングで研究されてきた知見をスキーのターン動作に応用した理論的枠組みです。
スキーのターン動作における身体機能とエネルギー効率の関係については、今後さらなる科学的検証が必要ですが、ランニングの研究成果と私自身のトレーニングサポートの経験から、実践的な示唆が得られると考えています。
オフトレでミドルパワーやエアロビックパワーを鍛えてきたはずなのに、滑るとすぐ疲れる人はターニングエコノミーに問題がある、と考えています。
効率的で疲労が少ない連続ターンには、ミドルパワーや有酸素能力も大切な要素なのですが、実は下肢の筋腱の硬さとしなやかさの適切なバランスが必要となります。
目次
何の硬さ・しなやかさが重要か?
スキーのターンニングエコノミー(一定ペースでターンを繰り返す際の身体負荷)は、筋・腱の剛性、股関節・膝関節の剛性、脚全体のバネ特性など多くの要素に影響されます。
特に重要なのは、「筋そのものの硬さ」よりも、大腿四頭筋腱や膝蓋靭帯など「膝関節まわりのしなやかさ」「股関節の内旋・外旋の滑らかさ」「脚全体のバネ特性」です。
大腿四頭筋腱のしなやかさとターンニングエコノミー
スキーのターン前半では、雪面からの衝撃を吸収し、エネルギーを蓄える必要があります。この局面において、大腿四頭筋腱や膝蓋靭帯がややしなやか(たわみやすい)な方が、衝撃吸収と次のターンへのエネルギー移行に有利と考えられます。
接地初期(エッジングの瞬間)での衝撃を適度に吸収でき、その結果として筋の酸素コストが低く抑えられ、連続ターンでの疲労が軽減する可能性があります。
ただし、これは「過度にしなやかなほど良い」という意味ではなく、「ある範囲でのしなやかさが有利」ということです。
股関節・膝関節の剛性・脚全体のバネ特性との関係
スキーのターンでは、股関節の内旋・外旋による角付け切り替えが連続的に行われます。この際、股関節や膝関節としてのバネ特性(主に四頭筋+腱+関節挙動の統合)が適度に高い方が、エネルギー効率の良いターンが可能になります。
- 股関節の剛性:山側股関節の内旋と谷側股関節の外旋を素早く切り替えるため、適度な剛性が必要
- 膝関節のバネ特性:エッジングと荷重のタイミングで、大腿四頭筋+腱+関節が協調してバネ機能を発揮
- 脚全体のバネ特性:ターン全体を通じて、雪面からの反発を効率よく次のターンへつなぐため、トータルとしてのバネ特性が重要
つまり、ランニングと同様に「脚全体としてどうエネルギーを貯めて返すか(システムとしてのバネ特性)」が鍵となります。
アルペンスキーのパフォーマンスと下肢のバネ特性
アルペンスキーの競技パフォーマンスと下肢のバネ特性の関係について、近年の研究で興味深い知見が得られています。
ジャンプパワーと競技成績の関係
オーストリアのトップ女性アルペンスキーレーサーを4シーズンにわたって追跡調査した研究では、ジャンプテストで測定される無酸素パワーが高いスキーヤーほど、競技成績が優れていることが明らかになっています。つまり、高いジャンプ能力を持つスキーヤーほど、速く正確に滑ることができるのです。
エリート選手に共通する身体特性
エリートレベルと若年レベルのアルペンスキーレーサーを比較した研究では、エリート選手はブレーキング動作(減速局面)での力発揮能力が明らかに高いことが示されました。これは、ジャンプ動作で測定される下肢のバネ特性と関連しており、スキーパフォーマンスレベルを反映していると考えられます。
筋力とスキーパフォーマンスの関係
アルペンスキーの異なる種目(スピード系 vs 技術系)における下肢の力発揮能力を分析した研究では、等尺性筋力(踏ん張る力)がスピード系種目のパフォーマンスと非常に強く関連することが確認されています。
ターンニングエコノミーへの示唆
ランニングの研究では、下肢のバネ特性がプライオメトリックパフォーマンス(ジャンプ能力)と密接に関連することが確立されています。上記のスキー研究でジャンプパワーと競技パフォーマンスの関連が示されたことから、スキーにおいても脚全体のバネ特性が、ターンの効率性や疲労軽減に影響を与えている可能性が高いと考えられます。
硬いほど良い?しなやかなほど良い?の整理
- 股関節まわり(大腿筋膜張筋・外旋筋群):ターン切り替え時の角付けを素早く行うため、ある程度の剛性と可動域が必要
- 大腿四頭筋腱と膝蓋靭帯:ターン前半の衝撃吸収とエネルギー蓄積のため、ややしなやか(たわみやすい)方が有利
- 脚全体・股関節・膝関節のバネ特性:ターン後半で雪面反力を効率よく次のターンにつなぐため、トータルとしてのバネ特性が高い方がエコノミー良好
つまり、「筋・腱一つひとつの硬さ」よりも、「脚全体としてどうエネルギーを貯めて返すか(システムとしてのバネ特性)」が重要であり、大腿四頭筋腱や膝蓋靭帯は「適度なしなやかさ」を、股関節・脚全体は「適切な剛性」を担っている可能性があります。
ターンニングエコノミーを高めるトレーニング視点とは?
ストレッチで大腿四頭筋を過度に柔らかくしても、ターンニングエコノミーが劇的に改善するとは限りません。むしろ、プライオメトリックトレーニングや筋力トレーニングが脚のバネ特性を高め、結果としてターンニングエコノミー改善に役立つ可能性があります。
具体的には以下の方向性のトレーニングがオススメです:
- 大腿四頭筋・殿筋群・ハムストリングスを含めた下肢の筋力・反発力(伸張-短縮サイクル能力)を高めるトレーニング(プライオメトリクスなど)
- 過度な静的ストレッチでの力発揮低下を避け、必要な可動域(特に股関節の内旋・外旋)を「硬すぎず・柔らかすぎず」に保つ(ダイナミックストレッチなど)
- ターン前半での衝撃吸収能力と、ターン後半での推進力発揮能力のバランスを整える動的なファンクショナルトレーニング
まとめ
単純に「大腿四頭筋が硬い=ターンニングエコノミーが悪い/良い」とは言えません。「大腿四頭筋腱や膝蓋靭帯のしなやかさ」、「脚・股関節・膝関節全体のバネ特性のバランス」がより重要です。
大腿四頭筋腱や膝蓋靭帯はある程度しなやかな方が衝撃吸収に有利な一方、脚・股関節・膝のバネ特性が適度に高い方が、エネルギー効率の良い連続ターンが可能になると考えられます。
ストレッチで大腿四頭筋を柔らかくするよりも、継続的な筋力トレーニングやプライオメトリクス、筋肉の伸張-短縮サイクルを意識したトレーニングで脚全体のバネ特性を整え、必要な可動域を維持することが、ターンニングエコノミー向上につながります。
参照エビデンス
The 2 Minute Loaded Repeated Jump Test: Longitudinal Anaerobic Testing in Elite Alpine Ski Racers
2分間の負荷付き反復ジャンプテスト:エリートアルペンスキーレーサーにおける縦方向無酸素テスト 2019
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6370961/
Lower limb force-production capacities in alpine skiing disciplines
アルペンスキー分野における下肢力生産能力 2020
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/sms.13897
Diagnostic value of the lower leg muscle stiffness in professional skiers with medial tibial stress syndrome: A retrospective shear wave elastography study
内側脛骨ストレス症候群のプロスキーヤーにおける下肢筋硬直の診断価値: 遡及的せん断波エラストグラフィー研究 2025
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S1466853X25001841?dgcid=raven_sd_aip_email
Model-based estimation of muscle and ACL forces during turning maneuvers in alpine skiing
アルペンスキーにおける旋回動作中の筋肉と前十字靭帯力のモデルベースの推定 2023
https://www.nature.com/articles/s41598-023-35775-4
A comparison of lower limb stiffness and mechanical muscle function in ACL-reconstructed, elite, and adolescent alpine ski racers/ski cross athletes
ACL再建術を受けたエリートおよび青少年のアルペンスキーレーサー/スキークロスアスリートにおける下肢の硬直性と機械的筋機能の比較 2018
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6226549/
Effect of alpine skiing training on tendon mechanical properties in older men and women
高齢男女におけるアルペンスキートレーニングの腱の機械的特性への影響 2011
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21679322/
Decrease in eccentric quadriceps and hamstring strength in recreational alpine skiers after prolonged skiing
長時間スキー滑走後のレクリエーショナルスキーヤーにおける遠心性大腿四頭筋とハムストリングの筋力の低下 2015
https://bmjopensem.bmj.com/content/1/1/bmjsem-2015-000028
COMPARISON OF ANGULAR KINEMATIC PATTERNS BETWEEN CARVING
TURN AND SKIDDING TURN DURING ALPINE SKIING
アルペンスキーにおけるカービングターンとスキッドターンの角度運動パターンの比較 2018
https://commons.nmu.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=1367&context=isbs
Knee Injuries in Alpine Skiing
アルペンスキーでの膝の怪我 2021
https://mediatum.ub.tum.de/doc/1631454/1631454.pdf
ISOKINETIC LOWER-LIMB STRENGTH AND INJURY RISK AMONG ALPINE SKIERS
アルペンスキー選手における等速度性下肢筋力と傷害リスク 2018
https://www.diva-portal.org/smash/get/diva2:1223239/FULLTEXT01.pdf
Effects of Recreational Ski Mountaineering on Cumulative Muscle Fatigue – A Longitudinal Trial
レクリエーションスキー登山が累積筋肉疲労に与える影響 – 縦断的試験 2018
https://www.frontiersin.org/journals/physiology/articles/10.3389/fphys.2018.01687/full
Quadriceps or triceps surae proprioceptive neuromuscular facilitation stretching with post-stretching dynamic activities does not induce acute changes in running economy
大腿四頭筋または下腿三頭筋の固有受容神経筋促進ストレッチとストレッチ後の動的活動は、ランニングエコノミーに急激な変化を引き起こしません 2022
https://www.frontiersin.org/journals/physiology/articles/10.3389/fphys.2022.981108/full
Running economy and lower extremity stiffness in endurance runners: A systematic review and meta-analysis
持久力ランナーのランニングエコノミーと下肢の硬直:系統的レビューとメタアナリシス 2022
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9742541/
Acute and Chronic Effects of Stretching on Running Economy: A Systematic Review with Meta-Analysis
ランニングエコノミーに対するストレッチの急性および慢性影響: メタ分析による系統的レビュー 2025
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC12122984/
Running economy – a comprehensive review for passive force generation
ランニングエコノミー – パッシブフォース生成の包括的なレビュー 2019
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6834697/
The Relationship Between Lower Limb Passive Muscle and Tendon Compression Stiffness and Oxygen Cost During Running
下肢受動筋と腱圧迫硬度およびランニング中の酸素コストの関係 2023
https://www.jssm.org/jssm-22-28.xml%3EFulltext
Application of Leg, Vertical, and Joint Stiffness in Running Performance: A Literature Overview
ランニングパフォーマンスにおける脚、垂直、関節の剛性の応用:文献概要 2021
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1155/2021/9914278
Effect of Different Intervention on Running Economy – A Systematic Review of the Literature
ランニングエコノミーに対するさまざまな介入の影響 – 文献の体系的なレビュー 2022
https://ijmcl.com/article-1-107-en.html
The role of footwear in improving running economy: a systematic review with meta-analysis of controlled trials
ランニング経済の改善における履物の役割: 対照試験のメタ分析による系統的レビュー
2025
https://www.nature.com/articles/s41598-025-88271-2
The effects of running shoe longitudinal bending stiffness and midsole energy return on oxygen consumption and ankle mechanics and energetics: A systematic review and meta-analysis
ランニングシューズの縦方向の曲げ剛性とミッドソールのエネルギーリターンが酸素消費量と足首の力学とエネルギーに及ぼす影響:系統的レビューとメタ分析 2025
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2095254625000481
Insight into the hierarchical control governing leg stiffness during the stance phase of running
ランニングのスタンス段階における脚の剛性を制御する階層的制御についての洞察 2022
https://www.nature.com/articles/s41598-022-16263-7
S-CHALLENGE Training Program Works 代表/フィジカルトレーナー
アルペンスキー選手やプロスノーアスリート、スポーツ好きの社会人クライアントへ、個別のトレーニングプログラム作成サービスを展開し、パフォーマンス向上をサポート。日本スポーツ協会 公認アスレチックトレーナー(JSPO-AT)、全米スポーツ医学アカデミー 公認コレクティブエクササイズスペシャリスト(NASM-CES)