最近では一般のスキーヤーの方もオフシーズンのトレーニングに筋力トレーニングをする人が多くなりました。怪我の予防や滑りのパフォーマンス向上を目的として、取り組まれていると想います。
ただし、「限界まで追い込まないと効果がない」と考えてトレーニングしていませんか? やみくもに頑張ってトレーニングしても、効率的に筋力がアップしたり、筋肥大が起きるわけではありません。
今回は、最新の研究結果をもとに、スキーヤーにとってより効果的な筋トレ方法について解説します。
目次
スキーヤーが筋肥大を目指す意義
筋肥大とは、筋線維の断面積を増加させることで筋肉の大きさを増大させるプロセスです。スキーヤーにとって筋肥大を目指す主な理由は以下の通りです。
基礎的な力の源泉を構築する
筋肉量の増加は、単純に発揮できる力の上限を高めます。特にスキーの滑走中、長時間にわたって力を発揮し続ける必要があるため、十分な筋量は基礎的な力の源泉となります。2024年7月にスペイン・ カナリア大学から発表された系統的レビューでは、大腿四頭筋の筋容積とピークパワー出力の間に強い相関関係(R²が0.65から0.82)があることが報告されています。
怪我の予防効果
適切な筋肥大は関節周りの安定性を高め、スキー中の転倒や衝突による怪我のリスクを軽減します。特に膝関節周囲の筋肉(大腿四頭筋、ハムストリングス)の発達は、ACL損傷などの重篤な怪我の予防に貢献します。2011年に発表された日本の防衛大学校のレビューによれば、下肢の筋量とACL(前十字靭帯)損傷との関係性も示しています。
長期的なトレーニング基盤の確立
オフシーズンに筋肥大に焦点を当てることで、シーズン中の筋力維持が容易になります。筋肉量が多いほど、トレーニング頻度が下がっても筋力の低下が緩やかになることが、複数の研究で確認されています。

スキーヤーが筋力向上を目指す意義
筋力向上とは、筋肉の大きさに対して発揮できる力を増加させることを指します。これは主に神経系の適応によるもので、スキーヤーにとって以下の意義があります。
爆発的な力の発揮能力の向上
高負荷トレーニングは、運動単位の動員能力と発火頻度を高めます。これにより、素早いターン開始や急な斜面での姿勢維持など、瞬間的に大きな力を発揮する能力が向上します。2022年、スウェーデンのスポーツ健康科学大学の研究によれば、エリートアルペンスキーヤーは一般的な筋力トレーニング実施者と比較して、等尺性筋力と全ての遠心性速度において有意に高い筋力を示しました。特にスキーターン中の姿勢保持に重要な角度付近の筋力が非常に高かったことが分かっています。
神経筋効率の改善
筋力トレーニングは、同じ動作をより少ないエネルギーで実行できるよう神経筋効率を高めます。これにより、長時間のスキーセッションでも疲労の蓄積を遅らせることができます。2024年の研究では、筋力と筋持久力の両方が中程度以上の水準にある群は、そうでない群と比較して、筋肉の酸素利用効率が向上していることを示唆しています。
技術的要素の安定化
十分な筋力があると、技術的に難しい局面でも正確な動作を維持できます。特に高速滑走時や不整地での安定性が向上し、より高度な技術の習得と実行が可能になります。

筋トレにおける「失敗」とは?
筋トレの世界では、「失敗」(フェイラー)という言葉が重要な意味を持ちます。これは、もう一回も反復できないほど筋肉が疲労した状態を指します。
多くのスキーヤーは、この「失敗」まで追い込まないと筋トレの効果が得られないと考えがちです。しかし、最新の研究結果は、必ずしもそうではないことを示しています。
研究結果:限界まで追い込む必要はない
2022年にブラジル・サンパウロ大学から発表された研究によると、筋肥大を促進するためには、トレーニングが失敗に近いほど効果的であることが分かりました。
しかし、興味深いことに、失敗からかなり遠い状態でも筋肥大は達成可能であることも明らかになりました。つまり、限界まで追い込まなくても、ある程度の効果は得られるのです。
では、具体的にどの程度まで追い込めばいいのでしょうか?
推奨されるトレーニング方法
研究結果によると、筋肉を最大限に成長させたい場合は、セットあたり少なくとも2回の反復を残してトレーニングすることが推奨されています。
これは、例えばスクワットを行う場合、「あと2回はできそう」と感じる程度までトレーニングすれば十分な効果が得られるということです。

筋力向上と筋肥大:異なるアプローチ
ここで注意が必要なのは、筋力向上と筋肥大では、最適なトレーニング方法が異なるという点です。
筋力向上については、失敗近くでトレーニングすることが必須ではありません。むしろ、使用する負荷(重さ)が筋力の向上に大きく影響します。これは筋力の向上には神経伝達系の関与も大きく、ある程度の高重量を使用したトレーニングでないと力の発揮に関係するパフォーマンスの向上は得にくい、ということがあります。
一方、筋肥大を目的とする場合は、神経伝達系よりも筋繊維自体へのダメージの与え方が非常に重要となるので、失敗に近いトレーニングがより効果的になります。
スキーオフトレシーズンの実践的アドバイス
では、これらの研究結果をスキーヤーの筋トレにどう活かせばいいでしょうか?
筋肥大を目指す場合
セットあたり「あと2回はできそう」と感じる程度までトレーニングしましょう。限界まで追い込む必要はありません。
筋力向上を目指す場合
使用する重量に注目しましょう。6-10RM(RM:レペテーションマキシマム 記載数値を反復できる重さ=最大挙上重量)相当の少し重い負荷で、フォームを崩さない範囲でトレーニングを行います。
両方を目指す場合(スキーオフトレシーズン前半)
ある程度、筋量があった方が滑走中やトレーニング中の怪我予防にも繋がりますので、スキーオフトレシーズンの前半は筋量増量をメインにトレーニングしていくのが良いでしょう。
両方を目指す場合(スキーオフトレシーズン後半)
ターンのパフォーマンス向上に繋がるように筋力アップを中心に設定していくのがベストです。ただし、筋力トレーニングをすべてパワー向上のトレーニングにするのではなく、例えば週2回筋トレするのであれば、1回は高重量で筋パワー向上狙い、1回を中負荷・中反復回数、あるいは低負荷・高反復回数でしっかり追い込み筋肥大を狙う、という感じで織り交ぜていくのが良いでしょう。
バランスの取れたトレーニング
スキーヤーには筋量増量もしくは維持も大事、筋力アップも大事です。スキーに必要な筋力と筋肥大のバランスを考えて、スキーオフトレシーズンのトレーニングプログラムを組み立てましょう。
安全性の確保
大きな負荷がかかるエクササイズでは、安全対策を忘れずに行いましょう。また安全性を考慮した種目選びも大切です。ベンチプレスのラックを利用したベンチプレストレーニングであれば、比較的安全に上半身を強化出来ますが、ダンベルプレスでの高重量トレーニングは肩を痛めるリスクが非常に高いです。トレーニング環境に応じた種目選びも考慮して、トレーニングプログラムを作成してください。
回復の重要性
トレーニングによる疲労は適応プロセスの一部ですが、適切な回復期間を設けることも重要です。筋力トレーニングの効果自体は加齢の影響は受けませんが、特に40歳を過ぎると回復のスピードが低下します。年齢に応じて、次のトレーニングまでのインターバルを十分に確保する、トレーニングの強度設定を注意する、など適切な疲労回復サイクルを構築していきましょう。

まとめ
- 筋肥大を最大化するには、セットあたり2回の反復を残す程度のトレーニングが効果的です。
- 筋力向上には、使用する負荷(重量)が重要で、必ずしも限界まで追い込む必要はありません。
- スキーヤーは、筋力と筋肥大のバランスを考えたトレーニングプログラムを組むことが大切です。
- 安全性と適切な回復期間の確保を忘れずに。
これらの知見を活かし、科学的根拠に基づいた効果的な筋トレを行うことで、より良いスキーシーズンを迎えられるでしょう。限界まで追い込むことだけが正解ではありません。自分の体と相談しながら、適切なトレーニングを心がけましょう。
S-CHALLENGE Training Program Works では、完全オーダーメイドの個別化トレーニングプログラムの作成・配信サービス「プログラムサポート」を全国のクライアント様に展開しています。事前に提供していただいたトレーニング履歴や受傷履歴などの個人情報や利用可能なトレーニング環境、ライフスタイル、トレーニングおよび体力レベルに応じたプログラム作成をしています。適切なプログレッシブオーバーロードを個別プログラムに反映させながら、トレーニングの成果をパフォーマンス向上やカラダの機能的向上につなげています。「プログラムサポート」サービスに関するご質問・お問い合わせはお気軽にこちらのWEBフォームをご利用ください。
参照エビデンス
Effects of Resistance Training to Muscle Failure on Acute Fatigue: A Systematic Review and Meta-Analysis
限界までのレジスタンストレーニングが急性疲労に与える影響:システマティックレビューとメタ分析(2021)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34881412/
Time course of recovery from resistance exercise before and after a training program
レジスタンストレーニング前後における回復の時間経過(2019)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30722654/
Muscle Failure Promotes Greater Muscle Hypertrophy in Low-Load but Not in High-Load Resistance Training
低負荷レジスタンストレーニングでは筋肉疲労が筋肥大を促進するが、高負荷では効果に差がない(2022)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31895290/
Effects of drop sets with resistance training on increases in muscle CSA, strength, and endurance: a pilot study
ドロップセットを用いたレジスタンストレーニングが筋断面積、筋力、持久力の増加に与える効果:パイロット研究(2017)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28532248/
Resistance training beyond momentary failure: the effects of past-failure partials on muscle hypertrophy in the gastrocnemius
限界を超えたレジスタンストレーニング:腓腹筋の筋肥大における限界後部分的反復の効果(2025)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39995432/
Interplay of Muscle Architecture, Morphology, and Quality in Influencing Human Sprint Cycling Performance: A Systematic Review
人間のスプリント サイクリング パフォーマンスに影響を与える筋肉の構造、形態、品質の相互作用: 体系的なレビュー 2024
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11258115/
Relationship between quadriceps femoris muscle volume and muscle torque after anterior cruciate ligament rupture
大腿四頭筋の筋肉量と前十字靱帯断裂後の筋肉トルクの関係 2011
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21107531/
Sport specific strength in alpine competitive skiing: What characterizes alpine elite skiers?
アルペン競技スキーにおけるスポーツ特異的な強さ: アルペンエリートスキーの特徴とは? 2022
https://gih.diva-portal.org/smash/get/diva2:1682597/FULLTEXT02.pdf
Relationship among muscle strength, muscle endurance, and skeletal muscle oxygenation dynamics during ramp incremental cycle exercise
ランプ増分サイクル運動中の筋力、筋持久力、骨格筋の酸素化ダイナミクスの関係 2024
https://www.nature.com/articles/s41598-024-61529-x

S-CHALLENGE Training Program Works 代表/フィジカルトレーナー
ファンクショナルトレーニングと筋力トレーニングを統合したトレーニングメソッドで、アスリートやスポーツ大好きな社会人クライアントの動作と機能を高めるサポートを展開。日本スポーツ協会 公認アスレチックトレーナー(JSPO-AT)、全米スポーツ医学アカデミー 公認コレクティブエクササイズスペシャリスト(NASM-CES)