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最新の研究が示す筋肉の温度と怪我のリスク
英国エディンバラ大学のSimpsonらの研究チームが2016年に発表した論文「Increased risk of muscle tears below physiological temperature ranges」では、筋肉温度が32℃以下になると、より少ない力でも筋肉が損傷しやすくなることが実験的に証明されました。この研究成果は、特に冬季スポーツであるスキーをする際の怪我予防に重要な示唆を与えています。
スキーヤーが知っておくべき寒さと筋肉の関係
寒冷環境下でのスキーでは、私たちの体は中心部(体幹)の温度を維持するために、手足への血流を制限します。その結果、大腿部や肩などの表層の筋肉の温度が30℃前後まで低下する可能性があります。このような状態で転倒すると、通常より少ない衝撃でも筋肉が損傷してしまう危険性が高まります。
また、筋温が1℃下がるごとに筋力が2-5%低下し、反応速度は13%以上も低下することが分かっています。さらに、筋肉の柔軟性も著しく減少するため、スキー中の急な動きに対応しづらくなります。
スキー滑走中、特に受傷リスクの高い部位と対策
膝関節の可動性の保持
スキーヤーにとって最も注意すべき部位が膝関節です。前十字靭帯(ACL)損傷は、スキーによる重傷の代表的なものとして知られています。寒冷環境下では靭帯が硬くなり、柔軟性が低下するため、特に注意が必要です。
膝関節の健康を保つためには、股関節の可動性を確保することが重要です。股関節の動きが制限されると、その分の負担が膝に集中してしまい、損傷のリスクが高まります。特にターン時や不整地での衝撃吸収において、股関節の柔軟性は重要な役割を果たします。
予防には、滑走前の入念なウォームアップが欠かせません。特に股関節周りの筋肉をしっかりとほぐし、前後・左右の可動域を確保することで、膝への過度な負担を軽減できます。また、疲労時は特に注意が必要で、適切な休憩を取ることをお勧めします。
大腿部の筋肉ケア
大腿部は、スキーの基本動作である膝の屈伸運動を支える重要な部位です。しかし、Simpsonらの研究で示されたように、寒冷環境下では筋温が低下し、肉離れのリスクが著しく上昇します。特にハムストリングス(大腿裏の筋肉)は、表層に位置するため温度低下の影響を受けやすく、急な動きで損傷する可能性が高まります。
予防には、保温性の高いウェアの着用が不可欠です。また、滑走前の入念なウォームアップも重要です。大腿部の筋肉を徐々にほぐしていく動的ストレッチを行い、筋温を32℃以上に保つことを意識しましょう。長時間の滑走では、1~2時間ごとに休憩を取り、軽いストレッチを行うことで、筋肉の柔軟性を維持することができます。
肩関節の可動性維持と保護
肩関節は、転倒時に最も損傷リスクが高い部位の一つです。寒冷環境下では、肩周りの筋肉や腱が硬くなり、特に回旋筋腱板を損傷するリスクが高まります。
スキーの特徴として、常にフォールラインを向いて滑走するため、前側の筋肉が持続的に収縮し、肩の後ろ側の筋肉が伸びた状態が続きます。この姿勢が長時間続くことで、筋肉のバランスが崩れやすくなります。このアンバランスな状態で転倒すると、肩関節に大きなダメージを与える可能性があります。
予防のためには、肩関節の多面的な可動性を意識した準備運動が重要です。前後の動きだけでなく、横方向の動き、後ろ方向への動き、さらには肩甲骨周りの回旋運動なども取り入れましょう。特に、普段使用頻度の低い後ろ方向や捻りの動作は入念に行う必要があります。
滑走前には、以下のような準備運動を段階的に行うことをお勧めします。
- 肩を前後・上下にゆっくり動かす軽い運動
- 腕を水平に広げての回旋運動
- 肩甲骨を意識した後ろ方向への開きの動作
- 上腕を内外に回す捻りの運動
また、滑走中も定期的に肩周りの筋肉をほぐすことで、筋肉のバランスを整えることができます。
スキーヤーのための具体的な怪我予防策
ウォームアップの重要性
リフトに乗る前に、10-15分程度の軽い運動を行うことが重要です。動的ストレッチを行う際は、徐々に強度を上げていくことで、筋温を32℃以上に保つことができます。研究結果が示すように、この温度を維持することが怪我の予防につながります。
適切な防寒対策
保温性の高いベースレイヤーと防風性のあるアウターウェアの組み合わせが効果的です。特に大腿部の前面は、滑走中に直接風が当たり、筋肉温度の低下の影響を大きく受ける場所です。
また、手足の保温も重要で、薄手の手袋や靴下では不十分な場合が多いため、適切な防寒具の選択が必要です。
ホットドリンクによる深部体温の維持
内側から体を温めることも、寒冷環境での怪我予防に効果的です。特にホットドリンクは、内臓を温め、深部体温を上昇させる効果があります。休憩時に定期的にホットドリンクを摂取することで、体温の低下を防ぐことができます。
コーヒーや緑茶などの温かい飲み物も深部体温を高める効果がありますが、これらにはカフェインによる利尿作用があることに注意が必要です。カフェインを多く含んだホットドリンクの過剰な摂取は脱水を招く可能性があるため、カフェインを含まない、以下のホットドリンクがオススメです。
- デカフェ、カフェインレスコーヒー:コーヒー豆からカフェインを抜いたもの
- ルイボスティー:南アフリカ原産のハーブティー、抗酸化作用があります
- たんぽぽコーヒー:タンポポの根を使用し、コーヒーに似た風味があります
- 黒豆茶:アントシアニン(抗酸化作用)が豊富で、冷え性改善に効果あり
- しょうが茶:体を温める効果があり、冬におすすめ
- 白湯:シンプルですが、体を温めるのに効果的
滑り始めと再ウォームアップ
最初は必ず緩斜面から始め、徐々に斜面難度を上げていくようにしましょう。 緩斜面での滑走は、アクティブなウォームアップにつながります。滑ることで筋肉の温度を高める効果も期待できます。
そして、数本滑ったらスキーを脱いで、ダイナミックストレッチをしましょう! 各関節の可動域を補正し、使われていない筋肉の温度を高めることで、カラダ全体のコンディショニング調整につがります。
寒さを強く感じる場合は、レストハウスなど風や寒さを避けられる場所で、十分に体を温めてから滑りを再開することが怪我のリスク低減につながります。
まとめ
スキーは寒冷環境下で行うスポーツであり、筋肉温度の低下による怪我のリスクが高まります。Simpsonらの研究が示すように、32℃以下になった筋肉は損傷しやすい状態となります。そして、スポーツ傷害の約50%が筋肉に関連していることが報告されています。
適切なウォームアップと防寒対策を行い、自身の体調に注意を払いながら滑走することで、安全にスキーを楽しむことができます。特に、午前中の寒い時間帯や、天候が悪化して気温が下がった際は、より慎重な対応が必要です。
参照エビデンス
Increased risk of muscle tears below physiological temperature ranges 2016
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4852792/
Cold exposure and musculoskeletal conditions; A scoping review 2022
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9475294/
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ファンクショナルトレーニングと筋力トレーニングを統合したトレーニングメソッドで、アスリートやスポーツ大好きな社会人クライアントの動作と機能を高めるサポートを展開。日本スポーツ協会 公認アスレチックトレーナー(JSPO-AT)、全米スポーツ医学アカデミー 公認コレクティブエクササイズスペシャリスト(NASM-CES)